
今日マチ子氏の『cocoon(コクーン)』は、太平洋戦争末期の沖縄戦を背景に、動員された少女たちの視点から戦時下の日常と戦場の現実を描いた作品です。
静かな語り口で少女たちの内面をすくい上げ、読み終えた後も言葉にしにくい重さが残り続けます。
本記事は物語の結末に触れるためネタバレを含みます。
そのうえで事実関係の整理にとどまらず、読後に残る違和感の正体や、作品が読者に問いかけているものまで踏み込んで解説していきます。
漫画『COCOON』

作者:今日マチ子 出版社:秋田書店
全1巻
アニメ『cocoon ~ある夏の少女たちより~』

↓ こちらで配信されています ↓
物語の核心を最初に整理|結末・マユの正体・生存者
読後に残る重さの理由を考える前に、まずは物語の結末から確認していきましょう。
気になるポイントをひとつずつ整理していきます。

最後はどうなる?
生き残るのは主人公サンだけです。
他の主要キャラクターは死亡が描かれており、サン一人が米軍支配下の世界へ踏み出すところで終わります。
このラストは救いではなく、戦後の日常と戦場の落差によって個人の無力さが際立つ終わり方です。
マユの正体は?
作中で最後まで明かされない存在ですが、物語の終盤にある事実が明らかになります。
マユはサンの親友で、実は男性でした。徴兵を逃れるために女装していたのです。
この事実はラストシーン直前、海辺でマユの服を脱がせた瞬間にサンが知ることになります。
それまでの「幻なのか、投影なのか」という問いは、この事実を知ったうえで改めて問い直される構造になっています。
サンだけが生き残る理由は?
作者が意図的にサン一人だけを生存させることで、沖縄戦における学徒隊の低い生存率と、生き残った者が抱える「生存者の罪悪感」を表現しようとしていると読み取れます。
ここまでを整理すると物語の輪郭は見えてきます。
しかし『cocoon』が読後に残す重さは、単なる生死の結果だけでは説明できません。
・なぜマユは最後まで正体がわからないままなのか。
・なぜサンだけが、生き残る役目を背負わされたのか。
ここからは、その構造とテーマを順に掘り下げていきます。
マユの正体は幻なのか?3つの考察を解説
マユの正体について、描写から読み取れる解釈をいくつか紹介します。

考察1:生存本能が生んだ防衛的な幻
ガマ(※)の凄惨な現実に耐えきれず、サンの防衛本能が作り出した幻という説。
マユはどんな過酷な状況でも清潔な服を着ており、空腹や喉の渇きを訴えることもありません。
また、他の人との会話が徐々に消えていき、最終的にはサンとのやり取りだけが残ります。
これはサンが精神崩壊を防ぐために「鏡の中の自分」を見つめ続けた結果と考えられます。
この解釈は多くの読者に支持されていますが、作中ではっきりした証拠があるわけではありません。
※「ガマ」は沖縄戦の際に人々が身を隠した自然洞窟(壕)を指す沖縄方言。作中では少女たちが避難・看護活動を行う場所として描かれる。
考察2:サンの無垢な精神の投影
サン自身の「汚されていない部分」を人の形にした存在という説。
海辺でマユが消えることでサンが一人の人間として完成する描写が重要です。
サンが米兵に襲われた時、マユという「純粋な殻」の中に精神を隠したと考えられます。
そしてマユの消失は、汚れた肉体だけで生きる決意を固めたことを表していると読み取れます。
生き残るために純粋さを切り離した象徴でしょう。
ただし、これもあくまで解釈の一つで、作中で断定されているわけではありません。
考察3:死んだ友人の残像
初期には実在していたマユが途中で死亡し、以降は幽霊か記憶の残像という説。
物語の後半になるとマユの存在が背景に溶け込むように薄くなり、最後には足跡さえ残さず消えます。
これはサンの生への執着が、死者への未練を振り切る過程を描いていると解釈できます。
マユはサンが生きるために必要とした「死者からの励まし」だったのかもしれません。
いずれの解釈も説得力がありますが、作品は意図的に答えを示していません。
この曖昧さこそが、マユというキャラクターの魅力です。
cocoon死亡キャラ一覧|誰がどう亡くなったのかを整理
では、その結末に至るまでに、誰がどのように物語から退場していったのかを整理します。

サン:唯一の生存者
学徒隊で唯一、米軍管理区域に辿り着いた少女。
家族、友人、そして自分の中の「純粋な部分(マユ)」を失い、空っぽな状態で生き延びます。
生き残ることが必ずしも救いではないことを示す存在といえます。
マユ:消えた半身
サンに寄り添い続けた存在。
実は男性で、徴兵を逃れるために女装していました。
逃避行の末、海辺でサンをかばって銃撃を受け、息を引き取ります。
サンがマユを介抱しようとした瞬間に、その正体を知ることになります。
純粋さと献身の象徴として描かれており、死後もサンの記憶の中で生き続けます。
たまき:自決したリーダー
班長として規律と責任を重んじていた少女。
敗走の途中で精神のバランスを崩し、ガマの中で自ら命を絶つことが描かれています。
当時の戦時教育や社会状況が影響していたという見方もあります。
ユリ:戦死した合理主義者
冷静で現実的、最も生き残りたいという気持ちが強かった少女。
しかし移動中の砲撃という「偶然」で命を落とします。
どれだけ能力があっても戦争の暴力からは逃れられないという不条理を表しているといえます。
マリ:衰弱死した最年少
最も幼く、戦場の凄惨さに耐えられなかった少女。
精神を病み、体も衰弱した末に逃避行の過程で命を落とします。
守られるべき存在が捨てられる戦争の残酷さを表しているといえます。
cocoonは実話?ひめゆり学徒隊との関係

cocoonは完全な実話ではありませんが、歴史的事実をもとにしています。
作品は沖縄戦の実際の資料や証言を参考に作られており、実在した沖縄の女子学徒隊をモチーフにしています。
沖縄戦の前、沖縄には、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校という二つの学校がありました。二校は、キャンパスや校舎を共有していました。師範は教員になるための、一高女は普通教育を受けるための学校で、優秀な若者たちが集まりました。二校は、「ひめゆり」の愛称で親しまれていました。1945年、ひめゆりの女学生は、「ひめゆり学徒隊」として沖縄戦に動員されます。
https://himeyuri-and-hawaii.com/
特にひめゆり学徒隊の体験と似た部分が多く見られますが、作中で固有の組織名は使われていません。
ひめゆり学徒隊とは、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒で編成された看護要員の通称です。
彼女たちは沖縄陸軍病院に動員され、壕を野戦病院として看護活動を行いました。
本作は作者の今日マチ子氏が沖縄の戦跡を訪れた経験から生まれたフィクションですが、実際の戦争体験をもとにした歴史性の高い作品です。
だからこそ、本作は単なるフィクションではなく、「起こり得た現実」として読む必要があります。
cocoonアニメ化情報|放送後に見えてきた原作との違い

特集アニメ『cocoon 〜ある夏の少女たちより〜』は、日本放送協会制作の作品として放送されました。
単なる原作再現ではなく、映像作品として再構築されたことが大きな特徴です。
放送後に特に注目されたのは、「マユの存在がどのように表現されたか」という点です。
原作では、マユは最後まで正体がはっきりしない存在でした。
読者はページを閉じた後も、幻なのか投影なのか、それとも別の意味を持つのかを考え続けることになります。
一方アニメ版では、声・動き・間・音楽が加わったことで、マユがより”触れられそうな存在”として感じられる場面が増えました。
ただし、説明的な補足はあえて避けられており、最終的な解釈は視聴者に委ねられています。
また、ガマ内部の描写も印象が異なります。
原作の淡い色彩による静かな残酷さに対し、アニメでは音響と沈黙の使い方によって緊張感を演出しています。
無音に近い時間が続く場面は、漫画とは違う形で恐怖と閉塞感を体感させる構成になっています。
結末そのものに大きな変更はありませんが、ラストの色彩設計や演出テンポの違いによって、読後感と視聴後感にはわずかな差があります。
原作では”虚無”が前面に出ますが、アニメでは”余韻”として残る印象が強いという見方もあります。
そのため、アニメ版を語る際は、マユがより実在的に感じられるかどうか、サンの内面がどこまで可視化されているか、ラストの孤独が強調されているのか、静かに包まれているのか、といった観点で原作と比較すると、本作の解釈がより立体的になります。
すでに視聴済みであれば、原作の読後印象とどこが変わったのかを改めて考えてみると、マユの正体やサンの選択に対する受け取り方が微妙に揺らぐはずです。
原作を読んだ後に観るか、アニメから原作に戻るかで印象が変わる点も本作の面白さの一つです。
cocoonはなぜトラウマ作品と言われるのか
『cocoon』が「トラウマ作品」「グロい」と評される理由を解説します。

淡々とした残酷描写
パステル調の淡い色彩で描かれるからこそ、残酷さが際立ちます。
麻酔なしの手術シーン、切断された手足、負傷兵の傷口を這うウジ、死臭と排泄物の臭いが充満するガマ内部。
これらを感傷的にせず淡々と描くことで、少女たちが慣れるしかなかった「異常な日常」をリアルに表現しています。
救いのない結末
サンは生き残りますが、それは救いではありません。
すべてを失った空虚な状態で、色鮮やかで対照的に描かれる戦後の風景に違和感を覚えます。
生存が新たな孤独と虚無の始まりであるという「生き残ることの重さ」が、トラウマ的な読後感を生んでいます。
少女たちの精神崩壊
守られるべき少女たちが、戦争体制下の教育や社会状況の中で追い詰められていく過程が丁寧に描かれています。
たまきの自決、マリの衰弱、そしてサンの被害は、戦争が個人に与える暴力の多面性を示しています。
cocoonあらすじ|序盤から終盤までの流れ
ここからは、『cocoon』という物語が少女たちをどこへ連れていくのか、その流れを順に追っていきます。

ガマでの看護活動
学校生活が突然終わり、看護要員としてガマ(洞窟)に送り込まれる少女たち。
最初は「お国のために」という誇りを持っていましたが、現実は一瞬でその気持ちを打ち砕きます。
麻酔なしの手術、溜まる肉片、充満する死臭。
これらが「日常」になる中で、少女たちは自分の内面という「繭」に閉じこもり、なんとか正気を保とうとします。
サンの被害と変化
逃避行の途中、水を汲みに行った夜にサンは日本兵(精神に異常をきたした負傷兵)に暴行を受けます。
マユはこの日本兵を殺してサンを守りました。
これはマユにとって「罪」であり、サンのために命を懸けた行動でした。
この出来事以降、サンは「穢れた自分」という意識を抱えるようになります。
サンが泥をかぶるほど、マユは白く清らかな存在として際立っていきます。
解散命令と死の逃避行
日本軍の敗色が濃くなり、学徒隊に「解散命令」が下されます。
これは実質的な見捨てでした。
ガマを追い出され、砲弾が降り注ぐ地上を南へ逃げる少女たち。
飢えと喉の渇き、米軍だけでなく日本兵からも疑われる日々。
かつて一緒に笑い合った仲間が、一人ずつ命を落としていきます。
海辺の別れ
逃避行の終着点である海辺で、マユは銃撃を受けて重傷を負います。
「サンがあんなやつに…許せなかった」と告白し、「好きだよサン、ずっと一緒にいたい」と相思相愛の気持ちを伝えます。
サンが「おまじないをして」と頼まれ、マユを介抱しようとした瞬間、男性であることを知ります。
マユはそのまま息を引き取り、サンは一人残されます。
泥まみれで汚れたサンと、最後まで清らかだったマユ。
この対比は、サンが守られていたものを永遠に失ったことを表しています。
ラストシーン
サンは米軍管理区域に辿り着き、地獄のすぐ隣で悠々とアイスクリームを食べる米兵を目にします。
この色鮮やかで対照的に描かれる明るい戦後の風景は、サンが経験した暗闇と死臭の戦場との強い断絶を感じさせる描写になっています。
サンは一人、すべてを失った状態で新しい現実に放り出されます。
生き残ることが救いではなく、圧倒的な虚無と孤独の始まりであることを示しています。
タイトル「cocoon(繭)」の意味と象徴性
タイトルには複数の意味が重ねられています。
まず物理的な繭としてのガマがあります。
外の砲火を遮断しながら、内部では死体の腐敗が進む密室。
少女たちはそこで「死」とともに育てられました。
次に精神的な繭、つまり少女たちが日常を維持しようと作り上げた内面世界です。
マユは、サンが自分の魂を外から守るために紡いだ、最も厚い糸による繭でした。
そして最も重要なのが変態の失敗、未完の羽化です。
繭から出ることは本来「成長」を意味します。
しかしサンは、戦火で繭を強制的に破られ、美しい蝶になることなく、不格好なまま外へ放り出されました。
この「未完の羽化」が本作最大の悲劇です。
cocoonに関するよくある質問(Q&A)
- Q原作とアニメで結末は変わる?
- A
原作の結末構造は維持されていますが、演出や表現方法には映像ならではの差があります。
- Qサン以外に生き残る人は?
- A
主要な仲間は全員死亡が描かれています。
cocoonの結末では、サン一人だけを生存させることで、学徒隊の低い生存率と生存者の罪悪感を表現していると考えられます。
- Qマユは空想だったと断定できる?
- A
作中でマユの正体についてはっきりとした答えはありません。
他のキャラクターとの関わりが消えていく描写や最後の消え方は、心理的投影とする解釈を後押ししています。
この「曖昧さ」自体が、当時の少女たちの混濁した意識状態の再現です。
- Qなぜ教育現場で扱われる?
- A
教育現場で取り上げられることもあり、戦争を考える教材として評価されています。
感傷に流れず事実を淡々と描く姿勢や、生存の意味を問う内容が注目されているようです。
まとめ|cocoon結末・マユの正体・テーマ整理
『cocoon』の重要ポイントをまとめます。
結末については、サンのみ生存し、他の主要キャラクターは死亡する描写になっています。
マユの正体は明言されておらず、幻・投影・残像など複数の解釈が可能です。
実話との関係では、実在した沖縄の女子学徒隊の体験をもとにしたフィクションという位置づけです。
トラウマ性の高い作品として知られるのは、淡々とした残酷描写と救いのない結末によるものです。
そして作品のテーマは、未完の成長(羽化の失敗)と生存の重さにあります。
この作品は、戦争が少女たちから何を奪ったのかではなく、「生き残った者に何を背負わせたのか」を問い続ける物語です。
読後に残る静かな重さこそが、『cocoon』の本質なのかもしれません。
漫画『COCOON』

作者:今日マチ子 出版社:秋田書店
全1巻
アニメ『cocoon ~ある夏の少女たちより~』


















